大阪地方裁判所 昭和28年(行)2号 判決 1960年5月16日
原告 久保田美英 外二名
被告 国・大阪府知事
主文
一、原告久保田美雄と被告国との間で、同原告が別紙物件目録第一の土地について所有権を有することを確認する。
一、同原告と被告大阪府知事との間で、同被告が右土地についてなした、高安村農業委員会の第二四回買収計画に基づく買収処分が無効であることを確認する。
一、原告久保田美英を却下する。
一、原告久保田美雄、同細川信太郎の訴のうち、被告両名との間で売渡処分の無効確認を求める部分、被告大阪府知事との間で、買収を原因とする所有権取得登記、および売渡を原因とする所有権移転登記の各無効確認を求める部分、同被告に対し、右各登記の抹消登記手続を求める部分をいずれも却下する。
一、右原告両名の訴のうち、その余の部分についてはいずれも請求を棄却する。
一、訴訟費用は原告久保田美雄と被告両名との間で生じた分についてはこれを二分し、その一を同原告の、その一を被告両名の負担とし、その余の原告と被告両名との間で生じた分についてはこれを右原告等の負担とする。
事実
原告等は請求の趣旨として、
「一、被告両名と
(一) 原告久保田美英、同久保田美雄との間で、別紙物件目録第一の土地について、
(二) 原告久保田美雄との間で、別紙物件目録第二の土地について、
(三) 原告細川信太郎との間で、別紙物件目録第三の各土地について高安村農業委員会が定めた第二四回買収計画に基づく政府の買収の無効であること、ならびに同委員会が定めた第二八回売渡計画に基づく政府の売渡の無効であることを確認する。
一、被告大阪府知事と
(一) 原告久保田美英、同久保田美雄との間で、別紙物件目録第一の土地について
(二) 原告久保田美雄との間で別紙物件目録第二の土地について、
(三) 原告細川信太郎との間で別紙物件目録第三の各土地について、
前項記載の買収を原因とする農林省の所有権取得登記および売渡を原因とする所有権移転登記の無効であることる確認する。
一、被告大阪府知事は
(一) 原告久保田美英、同久保田美雄に対し、別紙物件目録第一の土地について、
(二) 原告久保田美雄に対し別紙物件目録第二の土地について、
(三) 原告細川信太郎に対し別紙物件目録第三の各土地について前項記載の各登記の抹消登記手続をせよ。
一、訴訟費用は被告両名の負担とする。」
との判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
「一、大阪府高安村農業委員会は昭和二七年七月、原告久保田美雄(以下原告美雄と称する)所有の別紙物件目録第一および第二の各土地(以下第一の土地、第二の土地と称する)、原告細川信太郎(以下原告細川と称する)所有の別紙物件目録第三の各土地(以下第三の(1)、(2)、(3)の土地と称する(に対し自作農創設特別措置(以下単に自創法と称する)に基づき、第一の土地については原告久保田美英(以下原告美英と称する)を、第二の土地については原告美雄を、第三の各土地については原告細川を各所有者として第二四回買収計画および第二八回売渡計画を定めた。原告美英は第一の土地、原告美雄は第二の土地、原告細川は第三の土地につき、買収計画に対し異議の申立をしたが却下され、さらに訴願したがこれも棄却され、各原告は昭和二七年八月三〇日にそれぞれ買収令書を受領した。これによつて政府の買収は完了したごとき外観を呈し、右買収と併行して売渡が行なわれた。
二、しかしながら右政府の買収は次に述べるような事由により当然無効である。
(一) 各原告の各土地について共通の無効事由
(1) 本件各土地はいずれも昭和二五年七月三一日以後新たな買収の対象としての適格を有するに至つた土地である。したがつてこれを強制徴収するには自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令(昭和二五年政令第二八八号)によらなければならないのに、自創法によつて買収している。よつて違法、無効である。
(2) 買収手続上の瑕疵
(イ) 買収計画書は買収計画の法定要件の記載を欠き、当該委員会の行政上の法律行為の意思表示としては不備未完成なものであつて、結局買収計画は成立していない。
(ロ) 買収計画の適法な公告がない。
(ハ) 異議却下決定、訴願の裁決はいずれも当該委員会の決議によらないもので、会長の専断によるものである。
(ニ) 買収計画に対する適法な承認がない。
(ホ) 買収令書は未完成、不適法であり、その内容は対価の給付時期、場所において買収計画の趣旨ならびに法令の趣旨に違反する。
(3) 本件各土地に対する買収対価の取極めは違法無効である。
(イ) 対価算定の基準となる各土地の面積は実測によるべきであるのに、土地台帳上の面積を基準にしている。
(ロ) 対価算定の基準の日は買収の時期でなければならないのに本件各土地については昭和二五年七月三一日現在の賃貸価格を基準にしている。
(ハ) 対価額はいちぢるしく低額で憲法第二九条にいう正当な補償たるに値しない。
(二) 各土地別の無効事由
(1) 第一の土地について(原告美英、美雄関係)
(イ) 右土地はもと原告美英の所有であつたが、昭和一五年に原告美雄が原告美英から譲り受け、その旨所有権移転登記もなされている。したがつて買収は原告美雄に対してなされなければならないのに、原告美英に対してなされている。
(ロ) 小作地ではない。
(ハ) かりに小作地であるとしても、原告美雄は高安村に居住していたから、在村地主である同原告の保有しうべき小作地である。したがつてこれを買収したことは小作地保有量の侵害である。
(ニ) この土地はもと堤防敷地であつて、官有地であつたものを廃川後払下げとなつた土地で、大字万願寺字新家の住宅地に接続し、近く宅地に転用するのを相当とする土地である。したがつて自創法第五条五号により買収から除外すべきものである。
(2) 第二の土地について(原告美雄関係)
(イ) 買収は、五七八番地畑四畝一五歩の一部を買収するものであるが、一筆の土地の一部は所有権の対象とはならないから、買収の目的物が不存在である。
(ロ) 買収計画書、買収令書には買収物件の表示が「五七八番地の一、畑一畝一九歩、賃貸価格二円六二銭」となつているが昭和二五年七月三一日現在の土地台帳には右のような地番、地積、賃貸価格の表示は存在しない。右表示は高安村農業委員会が勝手に創設した虚構の表示であつて、真実存在しない土地を買収の対象とするものである。
(ハ) 買収の対象とされたと考えられる部分は原告美雄の自作地であつて小作地ではない。
(ニ) かりに小作地であつたとしても同原告は高安村に居住していたから在村地主である同原告の保有しうべき小作地である。したがつてこれを買収したことは小作地保有量の侵害である。
(3) 第三の各土地について(原告細川関係)
(イ) 第三の(2)、(3)の各土地はいずれも公簿上存在しない。すなわち、高安村農業委員会は買収計画書に買収物件として「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩のうち一反二畝七歩賃貸価格金二九円六〇銭」(第三の(2))、「同所同番地、田四九四坪のうち現況宅地一二七坪、賃貸価格金三三円二銭」(第三の(3))と表示している。しかしながら買収計画樹立当時このような表示は土地台帳上も登記簿上も存在しない。原告細川は中河内郡高安村大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩なる土地の所有者である。買収計画書の表示からみればこの一筆の土地を分割して買収しようとしたようであるが、右土地についてはその東部が約二〇数年前から宅地となつているけれどこの部分の分筆登記も、地目変更登記もなされていないのである。したがつて、この土地を分割買収しようとしても宅地と農地の二筆に分筆して公簿上にこれを生成したうえでなければ買収の目的とすることができないのである。
(ロ) 第三(2)、(3)の各土地については高安村農業委員会は先に第二三回買収計画で買収に着手し、大阪府知事は買収令書を発行している。この令書の取消または無効の宣言はない。したがつて本件の買収は二重買収であり、先の買収により各土地の所有権は国に帰属し、原告細川は被買収者たる適格がない。
(ハ) 第三(1)、(2)の各土地は小作地ではない。この土地は原告細川が昭和一五年中に原告美英から譲り受けたものでその旨所有権移転登記もなされている。ところで原告美英はこの土地を他人に小作させていたけれども、同原告との間の小作契約は昭和二〇年末農地調整法の改正によつて当然失効したばかりか、同二二年、前主である原告美英に対する買収により買受人が自作するに至つた土地である。
(ニ) かりに小作地であつたとしても原告細川は八尾市大字山本一四番地に居住していて、これを高安村大字万願寺と直隣しているから両者は自創法第三条の相隣関係にあり、同原告は在村地主として取り扱われるべきものである。したがつて第三(1)、(2)、(3)の各土地はいずれも同原告の保有しうべき小作地であり、これを買収したのは小作地保有量の侵害である。
(ホ) 第三(1)の土地は大字万願寺字新家の住宅地域に直隣しており、第三(2)の土地は前述のように第三(3)の土地とともに一筆の土地「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩」であつて、この東部はすでに宅地化し住宅が建てられている(第三(3)の部分)のであるから、いずれも地理環境上近く宅地とするのを相当とする土地として自創法第五条第五号により買収から除外すべきものである。
(ヘ) 第三(3)の土地についてはさらに次のような無効事由がある。
(a) 右土地は、前述のように「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩」なる一筆の土地の一部である宅地部分をいうものと考えられるが、宅地部分は一〇〇坪にすぎないのであつて、買収計画通知書の附図の表示面積一二七坪は実際と一致しない。結局買収計画書に表示の宅地は実在しない。
(b) 右宅地は自創法第一五条所定の賃借宅地ではない。右土地の前主である原告美英は約二〇数年前に前記「三九七番地、田一反六畝一四歩」の東部約一〇〇坪を阪口与三郎に貸与し、同人がその地上に住宅を建築したもので、同人死亡後は長男の阪口米蔵が居住している。右宅地は特定農地の経営に必要な施設、用地として使用する目的で貸与したものではなく、地上建物所有のために貸与したものである。かりに右宅地中賃借人居住建物の敷地部分約二〇坪を除く部分が自創法第一五条所定の宅地に該当するとしても少なくとも建物敷地部分は同条所定の宅地ではないから、一部分が買収の対象としての適格を有することに藉口し、住居建物の敷地まで含めた全宅地を買収することは違法である。
(c) 原告細川は阪口米蔵に右土地を賃貸したことはない。賃貸人は前主の原告美英である。したがつて阪口米蔵は原告細川に対する賃借人として右土地の買取を申込む適格を有しない。
三、以上のような理由で本件各土地に対する政府の買収は無効であり、したがつて政府の各土地の所有権取得およびその登記、ひいては政府の売渡およびその登記もいずれも無効である。よつて請求の趣旨のとおりの判決を求める。」
被告国は「原告美英の訴を却下する。その余の原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求め、原告美英の訴についての本案前の答弁として、「同原告は第一の土地の所有権者でないから訴の利益がない。」と主張した。被告知事は、原告の被告知事に対する訴のうち、買収および売渡による所有権取得および同移転の各登記の抹消登記手続を求める部分につき、本案前の答弁として、「被告知事は本件各土地の権利の帰属主体ではないから、被告適格を欠く。」と主張し、原告等のその余の訴につて「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求めた。
被告両名は原告等の請求原因の主張に対して次のように答弁した。
「一、原告主張事実の一の事実(たゞし第三(2)の土地は、同所三九番地の二の一部を、第三(3)の土地は同所三九七番地の一および同番地の二の一部を合わせた土地をいうものと解する)、二、(二)、(1)、(イ)のうち譲渡の日時を除く事実、二、(二)、(1)、(ハ)のうち、原告美英が高安村に居住する事実、二、(二)、(2)、(イ)のうち、買収処分の対象が同所五七八番地の一(原告のいう五七八番地をいうのは同番地の一の誤記であろう)畑四畝一五歩の一部である事実、二、(二)、(2)、(ニ)のうち原告美雄が高安村に居住する事実、二、(二)、(3)、(イ)のうち、第三の(2)、(3)の各土地が公簿上存在しない事実、二、(二)、(3)、(ハ)のうち、原告細川が第三(1)、(2)の各土地を原告美英から譲り受けたものでその旨の登記を経ている事実および同原告が所有者であつた当時右各土地を他人に小作させていた事実、二、(二)、(3)、(ニ)のうち原告細川が八尾市山本一四番地に居住していて同所は高安村万願寺と隣接する事実、二、(二)、(3)、(ヘ)、(b)のうち第三(3)の宅地が自創法第一五条所定の宅地ではないとの主張を除く事実、二、(二)、(3)、(ヘ)、(c)のうち訴外阪口米蔵は原告美英と賃貸借契約を締結したが、原告細川とは賃貸借関係がなかつた事実はいずれも認める。二、(二)、(1)、(イ)のうち第一の土地の譲渡の日時は不知。その余の主張事実は全部争う。
二、本件各買収処分の手続の時期は原告主張のとおりであるが、これを補足すれば次のとおりである。買収計画の樹立決議昭和二七年七月一八日、同公告同月二八日、買収計画の承認同年八月二八日。
三、本件各買収処分にはなんら無効となる瑕疵はない。この点について分説すれば次のとおりである。
(一) 本件各土地はすべて昭和二五年七月三一日以前から買収しうべき土地であつたから、自創法が適用される。
(二) 買収手続はいずれも適法である。
(1) 買収計画書は買収計画の法定要件を具備する。
(2) 買収計画は書面で縦覧に供され、公表されており公告は適法である。
(3) 異議却下決定、訴願の裁決はいずれも当該委員会の適法な決議に基づく。
(4) 買収計画の承認は適法になされた。
(5) 買収令書は適法に交付され、対価支払の時期、方法は法令に違反しない。
(三) 買収の対価の違法はかりに違法であつたとしても買収処分を無効ならしめるものではない。
(四) 各土地についてその無効事由の主張について、
(1) 第二の土地について(原告美雄関係)
(イ) 買収処分の対象は「万願寺五七八番地の一、畑四畝一五歩のうち一畝一九歩を買収するものである。この部分は訴外野本光三が賃借耕作する小作地である。原告美雄は右土地の買収部分の残余の部分、二畝二六歩を自作するものである。この野本光三の耕作処分は、右土地の前所有者原告美英と同訴外人との間の賃貸借契約により同訴外人が小作していたが、昭和二一年五月一日、原告美雄が原告美英から右土地を買受けて所有権者となつたもので、遡及買収の基準日である昭和二〇年一一月二三日と買収計画を定めた時期とで所有者を異にする農地であるから、自創法第六条の五により昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基づいて買収したのである。すなわち、同日現在の所有者は原告美英であり、同人は別に小作地六反を保有しているから、本件土地は自創法第三条第一項二号に該当する農地として買収の対象となる。したがつてたとえ原告美雄からみて、買収当時保有小作地となるべき土地であつたとしても、このことは買収処分の違法事由とはならない。
(ロ) 原告は一筆の土地の一部は所有権の対象となりえないと主張するが、一筆の土地の一部であつても所有権の対象となることは明らかである。そして買収部分については、買収計画書および買収令書において特定している。また買収計画書、買収令書における土地の表示は公簿上の表示を使用している。
(2) 第三の各土地について(原告細川関係)
(イ) 第三(2)の土地は登記簿上の表示でいえば「大字万願寺三九七番地の二、田一反三畝一四歩」のうちの農地部分を、第三(3)の土地は同じく「同所同番地の一、宅地九〇坪」と右「同所同番地の二、田一反三畝一四歩」のうち現況宅地部分三七坪を合わせた土地をいうものである。買収計画書および買収令書における表示がそれぞれ「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩のうち田一反二畝七歩」「同所同番地、田四九四坪のうち現況宅地一二七坪」となつていて右地番、地積が公簿上存在しないことは原告主張のとおりである。しかしながら「三九七番地の二、田一反三畝一四歩」と「同番地の一、宅地九〇坪」は以前「三九七番地、田一反六畝一四歩」という一筆の土地であつたのが分筆されたものである。したがつて、買収計画書および買収令書における土地の表示が公簿上の表示として存在しない表示を使用したとしても、第三(2)の土地の表示「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四のうち田一反二畝七歩」というのは登記簿上の「同所同番地の二、田一反三畝一四歩」のうち現況農地部分一反二畝七歩を、「同所三九七番地、田四九四坪のうち現況宅地一二七坪」というのは登記簿上の「同所同番地の一、宅地九〇坪」と「同所同番地の二、田一反三畝一四歩」のうち現況宅地部分三七坪を合わせた部分一二七坪を指すことは、買収計画書、買収令書の添付の図面、公簿の表示、現況を見れは明らかになるから、右のような瑕疵は買収処分を無効ならしめるものではない。
(ロ) 第三(1)の土地は訴外野本光三が、第三(2)の土地は訴外阪口米蔵がそれぞれ原告美英から賃借し小作していたが、昭和二一年五月一日原告細川が原告美英から右各土地を買い受けて所有権者となつたもので、第二の土地について述べたと同じく自創法第六条の五により遡求買収したものである。
(ハ) 第三(3)の土地のうち「大字万願寺三九七番地の一、宅地九〇坪」の部分については訴外阪口米蔵が使用しており、かりに同訴外人と原告細川との間で賃貸借関係がなかつたにしても、同原告は自から主張するように本件土地の近隣に居住していたのであるから、なに人がこれを使用しているかは充分認議していたと考えられるのに同原告はかつて同訴外人に対し明渡を要求したり使用につき異議を述べたりした事実もないことに照らして、同原告と同訴外人との間で本件土地につき少なくとも使用貸借関係があつたと考えるのが相当である。したがつて買収処分はかりに違法であるとしても無効ではない。
(ニ) そのほか隣接地区の指定がなされるべきであるとか、自創法第五条五号により買収から除外すべきであるとかの主張は、かりのそのような事実があつても買収処分を無効ならしめるものではない。」
被告国はさらに次のように述べた。
「第三(2)、(3)の各土地について、
第三(2)、(3)の各土地はもと「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩」という一筆の土地であつたことは前述のとおりである(昭和二六年に「同所同番地の一、宅地九〇坪」と「同所同番地の二、田一反三畝一四歩」の二筆に分筆された)。
高安村農地委員会は昭和二三年八月五日、原告美英を所有者として右三九七番地、田一反六畝一四歩のうち一反二畝一〇歩につき農地買収計画を定め、大阪府農地委員会の承認を経て大阪府知事は同年中に買収令書を同原告に交付して買収処分をしたが売渡処分はしてなかつた。ところが右買収処分は一筆の土地の一部を買収したものであるが、買収処分が特定されていなかつたことゝ、所有者を誤つた違法があつたので、大阪府知事は昭和二七年二月五日右買収処分を取り消しその旨同日の大阪府公報において公告し、大阪府農業委員会は翌六日、先になした買収計画の承認を取り消し、高安村農業委員会は同月一三日買収計画の取消決議をし、同日その旨公告した。したがつて本件買収処分がなされたときには、従前の買収処分はすでに取り消されていた。
また右三九七番地のうち現況宅地部分九〇坪について、高安村農地委員会は昭和二四年四月三〇日、自創法第一五条に該当する宅地として原告細川を所有者とする買収計画を定め、大阪府農地委員会の承認を経て大阪府知事は同年中に買収令書を同原告に交付して買収処分をし、それと同時に訴外阪口米蔵にこれを売り渡したのである。ところが大阪府知事は右買収処分に違法があると誤信して、訴外阪口米蔵の同意を得たうえ右売渡処分を取り消し、さらに、昭和二七年二月五日、右買収処分をも取り消し、その旨同日付大阪府公報に公告し、大阪府農業委員会は翌六日、先になした買収計画の承認を取り消し、高安村農業委員会は同月一三日買収計画取消決議をし、同日その旨公告した。これによつて前回の買収処分が違法であつたかどうかはともかくとして、とにかく前回の買収処分は適法、有効に取消されたのである。
以上のとおりであるから本件第三(2)、(3)の各土地についての買収処分は二重買収ではない。」
(証拠省略)
理由
一、原告美英の訴について
本件第一の土地について、原告美英を所有者として、同原告に対して買収処分が行なわれたことは当事者間に争いがない。しかし他方、右土地はもと同原告の所有であつたが、同原告はこれを昭和一五年に原告美雄に譲渡し、その旨所有権移転登記もなされていて、したがつて買収処分当時原告美英は、実体法上も登記簿上も右土地の所有者でなかつたことは、同原告自から主張するところであり、被告両名においても右譲渡の日時を除いてこれを認めている。そうすると、右のような場合原告美英には請求の趣旨のような裁判を求める利益がないと解すべきであるから同原告の訴はすでにこの点で却下を免れない。
二、その余の各原告の訴のうち
(一) 被告両名との間で売渡処分(原告等が政府の売渡というのは売渡処分を指すものであると善解する)の無効確認を求める部分について
自創法によれば、同法に基づく買収処分によつて、従前の土地所有者が所有権を失い、国がこれを取得するのであつて(同法第一二条一項)、売渡処分によつて従前の土地所有者が所有権を失うのではない。すなわち売渡処分は従前の土地所有者の地位にはなんの影響をも与えるものではない。したがつて従前の土地所有者は売渡処分の無効確認を求める利益がない(従前の土地所有者がなお所有権者であることを主張するについては、その所有権喪失に影響のある買収処分の無効を主張して処分庁たる行政庁を相手に買収処分の無効確認を訴求すれば足りる)と解すべきであるから、売渡処分の無効確認を求める部分は却下を免れない。
(二) 被告知事との間で買収を原因とする所有権取得登記、売渡を原因とする所有権移転登記の無効確認を求める部分について
不動産登記は不動産に関する権利関係の公示方法であつて、不動産に関する権利の存否ないしは法律関係に影響をおよぼすものではあるが、登記自体は権利ないしは法律関係そのものではなく、また行政処分でもないのであるから確認の訴の対象となりえないと解しなければならない。したがつてこの部分も却下を免れない。
(三) 被告知事に対し右各登記の抹消登記手続を求める部分について
被告知事はいかなる意味においても、本件係争土地の権利主体となりえないものであり、抹消登記義務者となりえないことは明らかである。したがつて、この部分については被告能力を欠くものに対する訴であつて却下を免れない。
(四) 被告国との間で買収処分(原告等が政府の買収というのは買収処分を意味するものと善解する)の無効確認を求める部分について
一般に行政処分の無効確認の訴については行政事件訴訟特例法の規定が原則として適用され(行政処分の公定力ないしは違法性の推定があることから導かれる第二条、第五条、第一一条などは除く)、したがつて行政処分の無効確認の訴においても当該行政処分をなした行政庁のみが被告適格を有すると解すべきである(当裁判所昭和二三年(行)第一九三の一号、同三三年一二月五日判決、同二九年(行)第六七号、同三三年四月二一日判決各参照)。したがつて、原告等の前記訴はこれを文字通りに解する限り被告適格を欠く国を被告とするものであつて不適法な訴といわざるをえない。しかし原告等が請求の原因として主張するところを全体として見れば、本件においては原告は買収処分の効果の帰属主体である被告国との間で、買収処分が無効であることを前提として現在の権利関係である本件土地の所有権の帰属を争つていることが明らかであるから、原告の右訴は、その字義はともかく、結局被告国との間で本件各土地についてそれぞれ原告等の所有権の確認を求めるものと解してよい。それゆえに、原告等の右訴は所有権確認の訴として適法と解する。
三、そこで、原告美雄、同細川の訴のうち、被告知事との間で買収処分の無効確認を求める部分、および被告国との間で所有権の確認を求める部分についてのみ以下本案の判断をする。
本件各土地について原告主張のような買収処分があつたことは当事者間に争いがない。
(一) 原告美雄の第一の土地に関する訴について
本件第一の土地については、原告美英を所有者とし、同原告に対して買収処分が行なわれたが、右土地は買収処分当時は、実体法上も登記簿上も同原告の所有ではなく、原告美雄の所有であつたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙第一〇号証の二(登記簿謄本)によれば、右土地は昭和二一年五月一日に原告美英から同美雄に売り渡された旨同年六月一日付で登記がなされていることが認められる。自創法による買収処分が土地の所有者に対してなされなければならないことは明らかであり、このことは、昭和二〇年一一月二三日現在と農地買収計画を定める時期とにおいて所有者が異なる農地であるとして、昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基づいて農地買収計画を定めた場合、いわゆる遡及買収の場合であつても同様で、昭和二〇年一一月二三日現在の所有者を被買収者とするものではなく、買収処分当時の所有者を被買収者としなければならないと解すべきである。したがつて、本件第一の土地に対する被告知事の買収処分は遡及買収であると否とにかゝわらず、買収処分当時の所有者である原告美雄を被買収者としてなさるべきものであるのに、所有者でない原告美英を被買収者とした点において重大な瑕疵があり、右土地が昭和二一年五月一日付で原告美英から原告美雄に売り渡されたことは登記簿上容易に判明しえたのであるから右の瑕疵は明白な瑕疵といゝうる。そうすると第一の土地に対する被告知事の買収処分は、同原告主張のその余の無効事由について判断するまでもなく、右の点において当然無効であり、したがつて、同原告は右土地の所有権を失うことなく引き続きこれを有するものといわなければならない。よつて同原告の請求を正当として認容すべきである。
(二) 原告美雄の第二の土地に関する訴および原告細川の第三の各土地に関する訴について
(1) 各原告の各土地に関して共通に主張する無効事由があるからまずこの点についてまとめて判断する。
(イ) 自創法による買収は違法無効であるとの点について
原告等は本件第二、三の各土地は、昭和二五年七月三一日以後新たに買収の対象となつた土地であるから自創法による買収は違法無効であると主張するけれども原告等の主張にそう証拠はなにもなく、かえつて成立に争いのない乙第六号証の二によると、右各土地は昭和二五年七月三一日以前から買収の対象となる土地であつたことが窺われるから、原告等の主張は理由がない。
(ロ) 買収計画、その公告、異議却下決定、訴願の裁決、買収計画の承認、買収令書の各違法の主張について
右の各主張についても原告等の主張にそう証拠はなく、かえつて成立に争いのない乙第一号証ないし第九号証(第六号証は一、二)に証人西川定夫の証言を綜合すると、買収処分の各手続はいずれも適法有効になされたことが認められ、成立に争いのない乙第一号証(買収計画書)によれば買収計画書の記載にも不備がないと認められるから原告等の主張は理由がない。
(ハ) 対価の違法の主張について、
対価の違法については、自創法第一四条で別に対価増額の訴が規定されて、この趣旨からいつて対価の額の違法ないし不当は買収処分のその他の効力に影響をおよぼさないと解すべきであるから、かりに対価の額が違法であつても買収処分を無効ならしめるものではなく、原告等の主張はそれ自体失当である。
(2) 第二の土地についての無効事由の主張について(原告美雄関係)
(イ) 一部買収は無効であるとの主張について、
右土地については、一筆の土地の一部を買収しようとするものであるが、一筆の土地の一部は所有権の対象にならないから買収の目的物が不存在であると主張する。しかし一筆の土地の一部であつても所有権の対象となりうることは論をまたないところであつて被告の主張は独自の見解を前提とするものというのほかなく、採用の限りでない。
(ロ) 買収計画書、買収令書における買収物件の表示が公簿上存在しない表示であるとの主張について。
原告は「五七八番地の一、畑一畝一九歩、賃貸価格二円六〇銭」という買収計画、買収令書の表示が土地台帳上存在しない表示であるというけれども、買収令書における表示が原告主張のとおりの表示であることについては証拠がない。そして買収計画書における表示は、成立に争いのない乙第一号証によれば「大字万願寺字川原五七八の一、畑四畝一五歩のうち一畝一九歩賃貸価格七円二〇銭のうち二円六二銭」であることが認められ、「大字万願寺字川原五七八ノ一、畑四畝一五歩」というのは成立に争いのない乙第一〇号証の一(登記簿謄本)によつて認められる「大字万願寺字川原五七八番地の一、畑四畝一五歩」という登記簿上の表示と一致しており、これに買収計画書添付の図面を併せると右登記簿上の一筆の土地の一部を買収するものであることは明らかで、しかも買収処分の対象たる土地の特定に欠けるところはない。したがつて、かりに土地台帳に存在しない表示であつたとしても買収処分の効力になんの影響もないというべきである。また賃貸価格の表示については、かりに土地台帳の表示と一致しないとしても、買収対価の違法が買収処分の効力に影響をおよぼさないことから考えて、同じく買収処分の無効事由とならないと解すべきである。原告の主張は失当である。
(ハ) 第二の土地は原告美雄の自作する土地であるとの主張、小作地保有量の侵害であるとの主張について、
右の各点について、買収処分を無効ならしめる重大かつ明白な瑕疵があることにつき具体的な事実の主張も立証もない。
(3) 第三の各土地についての無効事由の主張について(原告細川関係)
(イ) 第三(2)、(3)の各土地はいずれも公簿上存在しない土地であるとの主張について
買収計画書および買収令書における買収物件の表示が「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四のうち田一反二畝七歩」「同所同番地、田四九四坪のうち現況宅地一二七坪」とされていることについては当事者間に争いがない。ところで原告の主張が「三九七番地、田一反六畝一四歩」「同番地、田四九四坪」という表示が公簿上存在しないという趣旨であるか、または「うち田一反二畝七歩、賃貸価格金二九円六〇銭」「うち現況宅地一二七坪、賃貸価格金三三円二銭」という表示までも含めて公簿上存在しない表示であるという趣旨であるか明確を欠くが、前者の趣旨であるとすればそのような表示が存在しないことについては被告両名においてこれを認めるところであるからまずこの点から考えることにする。
成立に争いのない乙第一〇号証の三、四に証人西川定夫、同阪口米蔵の各証言を総合すれば、以前は「大字万願寺三九七番地、田一反六畝一四歩」という土地があつたが、これが昭和二六年七月一七日受付の大阪府知事の代位登記嘱託により「同所同番地の一、宅地九〇坪」および「同所同番地の二、田一反三畝一四歩」の二筆に分筆されたことが認められる。そして検証の結果によれば、昭和三三年一一月一〇日の検証期日においては右「三九七番地の二、田一反三畝一四歩」のうちその東端から「三九七番地の一、宅地九〇坪」の南側に隣接する部分かけて『形の部分が明瞭に宅地化されて「三九七番地の一、宅地九〇坪」と一体化して区画が判然としない程度になつていること、右宅地化された部分は「三九七番地の一、宅地九〇坪」と同じ高さに地上げされていて、両者一体となつて周囲に石垣が構築され、田の部分とは判然と区画されていることが認められ、右宅地化された部分が三七坪であること、右認定のような情況は本件買収処分当時と変らないことは弁論の全趣旨(検証期日における原告代理人と被告知事代理人の一致した陳述)によつて認められる。すなわち本件買収処分当時登記簿上は「三九七番地の一、宅地九〇坪」「三九七番地の二、田一反三畝一四歩」の二筆の土地のうち、後者の一部三七坪が宅地化されて前者と一体となつていたのであり、これを、もと登記簿上一筆の土地であつた「三九七番地、田一反六畝一四歩」という表示を基に表現すれば、田一反六畝一四歩のうち一反二畝七歩が田、残り一二七坪が現況宅地と表現できるわけである。買収計画書(成立に争いのない乙第一号証)と、それに添付の図面を見ると、「三九七番地、田一反六畝一四歩のうち田一反二畝七歩」というのが右田の部分を、「同番地田四九四坪のうち現況宅地一二七坪」というのが右現況宅地部分を表示するものであることは明らかである。いゝかえると「三九七番地、田一反六畝一四歩のうち田一反二畝七歩」というのは、分筆後の地番、地目でいえば、「三九七番地の二、田一反三畝一四歩」のうち現況宅地部分三七坪を除く現況田の部分、「同番地、田四九四坪のうち、現況宅地一二七坪」というのは、同じく「三九七番地の一、宅地九〇坪」と「三九七番地の二、田一反三畝一四歩」のうち現況宅地部分三七坪を合せたものをそれぞれ指すことは明らかであり買収処分の対象たる土地は特定されているといえる。買収計画書あるいは買収令書における買収の対象たる土地の表示は、買収の対象を特定する必要があるところから、できるだけ公簿上の表示を用いることが望ましいのは当然であるけれども、右に判示したように、添付の図面、あるいは現況と合わせて考えれば、買収処分の当事者の間ではどの土地のいかなる部分を買収するかが明らかであると認められるときは買収の対象は特定されているといつてよく、その限りでは、たとえ公簿上の表示によらなかつたとしても買収処分を無効ならしめるものでないと解しなければならない。
原告の主張が前掲後者の趣旨であるとしても、結局買収の対象が不特定であるということであつてはじめて無効事由として意味をもつものであり(一部買取が許されないという趣旨であれば主張自体失当であることは第二の土地についての判断で判示したとおりである)、そうすると、買収の対象が特定していると解すべきこと前説示のとおりであるから、原告の主張はいずれに解しても結局理由がないことになる。
(ロ) 第三(2)、(3)の各土地については二重買収であるとの主張について、
この点については原告の主張にその証拠はなく、かえつて成立に争いのない乙第一四号証ないし一九号証に証人西川定夫の証言を総合するれば、右各土地については以前一旦買収処分がなされたことはあるが、その後本件買収処分までに適法に取り消されたことが認められる。
(ハ) 第三(1)、(2)の土地が小作地でないとの主張、小作地保有量の侵害であるとの主張、第三(1)、(2)の土地が近く宅地に転用されるべき土地であるとの主張、第三(3)の土地は自創法第一五条所定の賃借宅地でないとの主張、訴外阪口米蔵は右土地の買取申込人としての適格を有しないとの主張について、
右の各点について買収処分を無効ならしめる重大かつ明白な瑕疵であることにつき具体的な事実の主張も立証もない。(第三(2)の土地について宅地化している部分があるとの主張があるが、その部分というのは先に認定したように第三(3)の土地に含まれる三七坪であるから、それだけでは第三、(2)の土地についての無効事由の具体的主張にはならない)。
(ニ) 第三(3)の土地について買収計画通知書の附図は現況と一致しないとの主張について
右の点についてはさきに認定したように宅地部分は一二七坪であるから、宅地部分が一〇〇坪であるとの主張(原告は後に検証の際一二七坪であると陳述した)を前提とする原告の主張は失当である。
以上判示のとおりであつて原告美雄の第二の土地に関する所有権確認ならびに買収処分無効確認の請求、原告細川の第三の各土地に関する同様請求はいずれも失当として棄却すべきものである。
四、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条(原告美英、同細川関係)第九二条(原告美雄関係)を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)
(別紙物件目録省略)